暗闇からの脱出(竹内純子)

私はフランスのパリでクリスチャンホームに生まれて、生後数か月のときに当時、両親の通っていたフランス人の教会で幼児洗礼を授けられ、ものごころのついた時から神様の存在を信じていました。しかし、幼児洗礼を授けられたからと言って、クリスチャンではないと、成長過程において母から何度も言われていたので、いずれは私自身の意思で信仰告白をする必要があることを理解していました。


高校生のときに幼馴染のAさんが牧師と聖書の学びを始めるけれど、ひとりではこころ細いので、一緒に受けてほしいと頼まれました。学びをひととおり終えたときに、牧師からAさんと、私それぞれに「それでは洗礼を受けますか?」と聞かれ、その招きを断る理由がなかったので、Aさんの洗礼式と共に、私の信仰告白式も呆気なく執り行われることになりました。


自分のルーツであり、住んだことのなかった日本にあこがれを持っていたので、私は高校を卒業して日本の大学に進学を決めました。しかし、日本での生活は想像していたものとまるで異なり、日本語で話しているのに周囲とのコミュニケーションが取れない、理解できない、理解してもらえないという壁にぶつかりました。私は徐々に学校や教会に行くことが苦痛になり、電車に乗って学校の最寄り駅まで行ってみるも、そのまま反対方向の電車に乗って引き返し、家に帰る日々がしばらく続きました。朝起きてから身体が重く、「今日は学校を休もう。」と決めると心が晴れて楽になりました。そして、ついには一人暮らしの自分の家から出ることができなくなり、私の引きこもり生活は始まりました。そのころの日々のことはあまり記憶に残っていませんが、時々フランスの母から掛かって来る国際電話以外は殆ど人と話す機会もなく、その母との電話でも、日本での学生生活を満喫しているかのように明るく振舞ってみせました。


引きこもり中は何よりも沈黙が嫌で、何かしら音の出るテレビや音楽を、見たり、聞いたりするわけでもなく、四六時中、掛けていました。そんな生活が半年続いた辺りだったでしょうか、付けっぱなしにしていたテレビから「私はクリスチャンではないけれど、神は乗り越えられない試練を与えられないと聖書に書いてあるそうです。」と言う言葉が耳に入りました。その言葉を聞いて、自分の存在意義を見失っていた私は、まだ神様から見捨てられていなかったことが分かり、すべてから心を閉ざしていた私を、テレビを通してでも、探しに来てくださった神様の深い憐みに触れ、感謝が溢れました。私は神様を信じていると思いながら、本当には理解していませんでした。しかし、この引きこもりと言う挫折を通して私は個人的にイエス様に出会わせていただき、福音書を通して更にイエス様と、深く知り合い、自分の罪、死に定められていた私の命が十字架の贖いによって救われたことを理解することができました。それ以前、またその後の人生を振り返っても神様は確かに私の乗り越えられない試練は与えられず、それによって逆に強められ、現在も神様への信頼は深まる一方です。


コリント人への手紙第一10:13『あなたがたが経験した試練はみな、人の知らないものではありません。神は真実な方です。あなたがたを耐えられない試練にあわせることはなさいません。むしろ、耐えられるように、試練とともに脱出の道も備えていてくださいます。』

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