私を回復された神さま(朴有里)


みなさん、こんにちは。ミラノ賛美教会の朴有里です。


今日は、私の信仰の回復のために神さまがどのように働かれたのか、そして私の中で起こった変化について、みなさんにお話しさせていただきたいと思います。


私は在日韓国人3世として日本で生まれ育ちました。クリスチャンであった祖母の影響で、物心つく前から教会に通い、自然と神さまの存在を信じて幼少時代を過ごしました。中学生になると、周りの勧めもあって洗礼を受けましたが、その後は、教会を離れ、自分の思いのままに学生時代を過ごしました。


在日韓国人として生きていくためには、特に際立った専門性を身につけなければならない、そう考えていた私は、大学在学中に、夜間のファッションデザインの専門学校に通い始め、卒業後、大手アパレル会社に就職しました。念願のデザイナーという仕事でしたが、そこでも私は、自分のスキルをさらに高めたい、という願望が常にあり、勤めて3年半後には、その会社を辞めて、ニットの専門技術を学ぶため、ミラノに留学することを決めました。誰にも見下されることのない理想の生き方を、自分の努力で手に入れようと思っていました。


しかし実際は、文化も言語も異なる環境に身をおいて、自分の努力がいかに的外れで空振りであったかを思い知らされることになったのです。言葉の壁は厚く、分からない、伝わらないことへのストレスは努力で解決できず、良い人脈を得られると思って交流をした人たちとの関係にも疲れ、貯金もなくなり、どんどん自分の目的が失われていくような思いで日々を過ごしていました。


そんなとき、韓国人の友人が、彼女の教会での賛美集会に私を誘ってくれました。久しぶりに聴いた韓国語の賛美が私の心に沁み渡り、涙が止まりませんでした。神さまを無視して歩んできた私を、再び胸に抱き寄せるイエス・キリストの存在に触れたのです。「私は神さまの元に帰らなければならない」そう強く思いました。そして翌日曜日の礼拝で、内村まり子さんと出会い、日本語での聖書の学びにも参加するようになり、渇いたスポンジが一気に水を吸い込んでいくように、生きて働く聖書の言葉を体験する新しい生活が始まりました。


自らの意思でミラノに来たと思っていましたが、実は私の霊的回復のために神さまが私をミラノに呼ばれたのだということが分かり、罪の中を歩んでいた間も、十字架の愛と恵みが私を覆っていたこと、自分がいつも誰かに祈られていたことに気が付いたのです。


「わたしの名で呼ばれるすべての者は、わたしの栄光のために、わたしがこれを創造し、これを形作り、これを造った。」(イザヤ43:7)


私の存在と営みが、すべてを創造された神さまの栄光につながる、この価値観の中で生きることを意識し始めてから、これまでの自分のアイデンティティに対する考えもスキルへの欲望も、まったく違う意味をもつようになりました。ニット作りという仕事にも感謝と喜びが溢れるようになり、他の人からの評価でも、自分の理想の追求でもなく、私にしかできないニット作りをしていこうと思うようになりました。ミラノに根を下ろし、会社を立ち上げ、人を育て、仲間たちと物作りを探究し、そして福音を伝えていく。神さまは私が思い描いていた以上のものを与えてくださいました。この事業を始めて18年になりますが、複雑な問題や経済的困難の連続で、自分の足りなさ、弱さを思い知らされる日々でもあります。しかし、自分が努力すべき領域と神さまがなされる領域があることを教えられた今は、神さまが導いておられる所へ行きたいと願うようになりました。


様々な価値観がふるいにかけられているこの時代にあって、罪赦され、回復された者として、自分に与えられたこの場所で、イエス・キリストを証する者として生かされていきたいと願います。

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