考えてもみなかった大きな流れの中にわたしもいる

April 17, 2019

もう一か月半たちましたが、3Dのイスラエル地図を眺めては、イスラエル旅行のことを思い出します。ヨーロッパみたいだった地中海のカイザリア、海も見えるのに山地気候だったカルメル山、平地が広がるメギド、山に囲まれた美しいガリラヤ湖、景色が一変したヨルダン渓谷、水の蒸発で対岸がぼやっと見えた死海、ワジ・ケルトの荒野、街が平らではないエルサレム。イスラエルの地形の複雑さに、地図を何度見ても飽きません。 

 

最初に、ペテロが初めて異邦人に洗礼を授けた場所というカイザリアを訪れたとき、いきなりはっとさせられました。何も考えずに唱えていた使徒信条の「公同の教会」について初めて考えさせられ。そのあとも、知っていると思っていたことを知らなかったと思い知らされることが続きました。 

 

いつも不思議な縁で人生の転機があり、2年前の受洗もやはりお導きの結果ですが、このイスラエル旅行もまたそういう感覚を得ました。 

 

わたしは聖書に興味をもつ以前からユダヤ人に興味があり、それは世界中に離散しながらも民族としてのアイデンティティを維持し続けた事実のためです。この度の聖地旅行とエルサレム会議で、ユダヤ人の宿命というものをつくづく感じ入らざるを得ませんでした。そして、それは決して現在で終結するものではなく、未来につながっているとも。それまで考えてもみなかった大きな流れの中にわたしもいるのだな、という感慨を持ちました。 

 

出会いの恵みも大きかったです。誰一人知らないグループに参加しながら、みなさん親切にしてくださっただけでなく、ガイドのNさんの説明と内村先生のメッセージのコンビネーションは絶妙で、毎回強烈な印象を与えてくれました。また同室になったJさんと不思議なケミストリーを感じてしまい、毎日毎日飽くことなく語り合うことでさらに深く考えさせられました。 

 

この旅行の機会を得たこと、そして予想外に大きな恵みを受けたことに感謝したいと思います。